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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)1856号 判決

両事件原告 甲野春子

〈ほか二名〉

両事件原告三名訴訟代理人弁護士 松井元一

同 辻洋一

同 原田一英

同 内田実

甲事件原告 丙川冬子

甲事件原告四名訴訟代理人弁護士 吉峯啓晴

同 森田健二

同 吉峯康博

同 中村晶子

甲事件被告 神東観光株式会社

右代表者代表取締役 磐田恭三

右訴訟代理人弁護士 西村孝一

同 村越進

乙事件被告 伊藤萬株式会社

右代表者代表取締役 河村良彦

右訴訟代理人弁護士 梅本弘

同 片井輝夫

同 川村哲二

主文

一  甲事件原告ら及び乙事件原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、甲事件原告ら及び乙事件原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件について)

一  請求の趣旨

1 被告神東観光株式会社(以下「被告神東観光」という。)は、被告伊藤萬株式会社(以下「被告伊藤萬」という。)に対し、別紙株式目録一ないし四記載の各株式(以下「本件各株式」という。)を同目録一ないし四記載のとおりに売り渡すことを求める意思表示をせよ。

2 訴訟費用は被告神東観光の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(乙事件について)

一  請求の趣旨

1 被告伊藤萬は、被告神東観光から別紙株式目録一ないし四記載のとおりに本件各株式を売り渡すことを求める意思表示を受けたときは、同意思表示を受けた日から一か月以内に、同目録一ないし四記載の各原告に対し本件各株式を表章する株券(以下「本件各株券」という。)を引き渡せ。

2 訴訟費用は被告伊藤萬の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2 本案の答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件について)

一  請求原因

1 被告神東観光(代表取締役磐田恭三)は、昭和五九年八月六日、原告ら代理人千石保(以下「代理人千石」という。)との間において、原告らが被告神東観光に対して本件各株式を被告伊藤萬から買い受けたい旨申し入れたときは、被告伊藤萬に対して本件各株式を別紙株式目録一ないし四記載の各代金(以下「本件各代金」という。)で原告らに売り渡すことを求める意思表示をする旨の合意をした。

2 代理人千石は、昭和五九年九月ころ、被告神東観光に対し、本件各株式を被告伊藤萬から買い受けたい旨申し入れた。

よって、原告らは、被告神東観光に対し、右1の合意に基づき、被告伊藤萬に対して本件各株式を本件各代金で原告らに売り渡すことを求める意思表示をすることを請求する。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は否認する。

2 同2の事実は認める。

(乙事件について)

一  請求原因

1 被告神東観光は、昭和五九年八月六日、被告伊藤萬(代表取締役河村良彦)との間で、被告神東観光が被告伊藤萬に対し本件各株式を原告らに本件各代金で売り渡すことを求める意思表示をしたときは、被告伊藤萬は原告らに対して一か月以内に本件各株式を本件各代金で売り渡す旨の合意(以下「本件各株式売買予約」という。)をした。

2 原告らは、昭和六一年六月三〇日送達の乙事件訴状によって被告伊藤萬に対し、受益の意思表示をした。

3 被告伊藤萬は本件各株券を所持している。

4 被告伊藤萬は、本件各株式売買予約の成立を否認している。

よって、原告らは、被告伊藤萬に対し、本件各株式売買予約(第三者のためにする契約)に基づき、被告神東観光による右予約完結の意思表示がされた日から一か月以内に本件各株券を原告らに引き渡すことを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は否認する。

2 請求原因3及び同4の事実は認める。

原告らの請求は、将来の給付請求である。将来の給付請求は「予メ其ノ請求ヲ為ス必要アル場合」にのみ認められるものであるが、そのためには給付請求権の基礎となる事実関係及び法律関係が存在し、かつ、その内容が明確であることが必要と解されている。しかるに、原告らの請求は、右要件を欠いているから不適法というべきである。すなわち、仮に被告伊藤萬と被告神東観光との間の合意が第三者である原告らのためにする本件各株式売買予約であるとしても、被告伊藤萬と被告神東観光との間では後記抗弁のとおりの合意がされているのであって、双方とも業務提携関係を解消する意思がないのであるから、被告神東観光が予約完結権を行使する(条件成就)可能性は全くないのであり、また、原告らが受益の意思表示をすることができるのは本件各株式の売買契約が成立した後であり、しかも、原告らが受益の意思表示をしない間は被告伊藤萬及び被告神東観光が契約当事者として右予約内容を自由に変更し、更には解約をもすることができるのであるから、原告らの給付請求権の基礎となる事実関係及び法律関係が存在し、かつ、その内容が明確であるとはいえない。

三  抗弁

1 被告伊藤萬と被告神東観光とは、本件各株式売買予約の締結以前から業務提携関係にあった。

2 被告伊藤萬と被告神東観光とは、本件各株式売買予約締結の際、右1の業務提携が解消されたときに本件各株式売買予約完結権を行使することができる旨合意した。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は明らかに争わない。

2 同2の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

第一甲事件原告らの被告神東観光に対する請求について

一  請求原因1(代理人千石・被告神東観光間の合意)について判断する。

1  《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告神東観光は、昭和三三年一二月にゴルフ場の経営、不動産の管理等を目的として設立された会社であって、原告らの父であった甲野太郎(以下「太郎」という。)がその全株式を実質的に保有していた。被告神東観光の現代表者である磐田恭三(以下「磐田」という。)は、昭和五八年当時住友銀行に勤務していたが、同年二月ころ太郎から被告神東観光の後継経営責任者となってほしいと請われたため、同銀行を退職して被告神東観光の専務取締役に就任し、その際太郎から同人所有の被告神東観光発行済株式二万株のうち九〇〇〇株の譲渡を受けた(なお、そのうち三〇〇〇株は後に被告神東観光に入って磐田を援助してくれる人に譲渡するために太郎が磐田から買い戻し、右目的のために磐田が預かっている。)。そして、磐田は、昭和五九年三月には被告神東観光の代表権のある取締役となり、太郎が同年七月一三日死亡した後はその社長に就任した。

(二) 太郎は、妻花子との折り合いが悪く、昭和四八年ころから別居をしていて、昭和五八年四月ころからは大政徹太郎弁護士(以下「大政弁護士」という。)を代理人として花子と離婚の交渉をしていたが、太郎の離婚意思は強硬なものであった。大政弁護士は、被告神東観光の監査役・顧問弁護士であって、被告神東観光の設立当時から太郎と親交のあった大政満弁護士の子であった。なお、右離婚交渉での花子の代理人は本訴の原告ら代理人である吉峯弁護士であった。

ところで、太郎は、昭和五九年七月一三日に死亡したが、昭和五八年一一月ころから大政弁護士と相談して遺言書の作成に取りかかり、昭和五九年一月二七日に公正証書によって遺言をした。この遺言書(甲第二号証)には、遺族に対する相続金額の指定のほか、遺言執行者に大政満弁護士親子を指定し、かつ、太郎所有の被告神東観光の全株式その他の株式を大政弁護士に二〇年間信託するという条項があった。太郎がこのような信託条項を設けたのは、株式は花子を除いた原告ら遺族に相続させるが、原告ら及び原告らを通して花子が経営に容喙することを防止し、いわゆる所有と経営の分離を徹底することを考えたものであった。

(三) 磐田は、太郎死亡後の昭和五九年七月一八日、大政弁護士から前記遺言公正証書を見せられ、更に原告ら遺族に渡してもらいたいとしてそのコピー五、六部を渡されたが、その際被告神東観光の今後について新規事業を展開せずに不動産管理会社的な企業とする構想を示された。このような構想を示された磐田は、自分の経営思想と異なるため大政弁護士が信託株主であることに危惧の念を抱いたが、その日のうちに原告ら及び花子が一堂に会していた太郎の永田町のマンション(自宅)に右コピーを持参して原告らに渡し、大政弁護士の考え方も話した。その場にいた花子や原告丙川冬子の夫である丙川冬夫(以下「冬夫」という。)らから、このままでは大政弁護士に会社を乗っ取られるのではないかという疑念が表明され、冬夫が副社長をしている日東エージェンシーという会社の顧問弁護士である千石に相談することとした。そして、磐田は、翌一九日連絡を受けて原告夏子方におもむいたところ、千石弁護士も来ており、大政弁護士対策が話し合われた。その結果、信用のおける第三者に引き受けてもらう方法で倍額増資をする案を検討することとし、被告神東観光においても翌二〇日に取締役会を開催して二万株の新株発行を決議して、住友銀行を主要取引銀行とする被告伊藤萬に引き受けてもらうことの内諾を受け、同月二三日には原告ら遺族から増資の承諾書の交付を、翌二四日には被告伊藤萬から新株式申込証の交付をそれぞれ受けた。

千石弁護士と磐田との話合いはその後数回にわたって持たれたが、その過程において、原告側は、増資新株を引き受ける第三者による被告神東観光の経営支配を阻止する対策と称して、原告らが増資新株の買戻しを求めたときは直ちにその買戻しに応じる旨の約束を取りつけてほしい旨要望した。これに対し、磐田は、原告らの右要望を全く無視することはできないと考え、被告伊藤萬が引き受けた新株については被告伊藤萬から第三者への譲渡を認めず、最終的には原告らが額面金額で買戻すことができるようにしておくこととして、その原案を作成し、同年八月初めころにこれを千石弁護士に提示してその了解を得たうえ、同月六日、「被告伊藤萬所有の株式につき被告伊藤萬が被告神東観光に売却の要請を行った場合又は被告神東観光が被告伊藤萬に買取の申出を行った場合は、その申出のあった時より一か月以内に額面金額にて被告伊藤萬は原告に売却することとし、又は被告神東観光は原告に買取を実行させる。被告伊藤萬は原告以外の第三者に実質的な売却は行わない。」という内容の「覚書」と題する書面(甲第一号証の原本)を作成し、被告伊藤萬と被告神東観光の記名捺印を得て、そのうち一通を千石弁護士に交付した。

2  右1の事実によれば、代理人千石・被告神東観光間に請求原因1の合意が成立したものと推認することができるかのようであり、《証拠省略》中には右の合意が成立したとする部分がある。

しかし、右1の事実によれば、磐田は、太郎から被告神東観光の経営を任せられていたのであり、しかも、原告ら遺族による経営干渉を排除しようとする太郎の意図を察知していたのであるから、原告らが自由に被告神東観光を操作することができる結果となる合意をすることは通常では考えられないところであり、また、直ちに買戻しに応じなければならない特約付で新株の引受に応じるのも一般に考え難いところである。更に、右1の事実によれば、千石弁護士と磐田との話合いの過程において原告らの買戻しの要望が示され、前記覚書が作成されるに至ったものであるところ、右覚書の記載内容からは、右覚書が請求原因1の合意を表したものとは到底理解することができないというべきである。また、右覚書とは別個に千石弁護士と磐田との間で口頭による請求原因1の合意が成立したということも考えられないではない。しかし、買戻しに関する話合いにおいて、弁護士が関与していながら、右覚書は作成されているのに原告らの権利の帰趨につき重要な意義を持つ合意については書面が作成されていないというのは、いかにも不自然といわざるをえない(千石証人は、原告ら遺族が磐田を非常に信頼していたので書面を作成する雰囲気ではなかった旨供述するが、にわかに採用することができない。)。かえって、右1の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、増資をしても最終的には原告らに買戻しがされるように手当てをするという磐田の言辞を原告らが請求すればいつでも買戻しができるものと思い込んで、最終的な詰めをしないまま請求原因1の合意が成立したものと誤解したのではないかとも疑われるのである。

以上の諸点に鑑みると、右1の事実によっても代理人千石・被告神東観光間に請求原因1の合意が成立したものと推認することは困難というべきである。また、《証拠省略》中右の合意が成立したとする部分も、供述部分自体が曖昧であったり、従前の供述とも齟齬していたり、伝聞であったりして、いずれも直ちに採用することはできないし、そのほかに右の合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。

二  以上によれば、甲事件原告らの被告神東観光に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

第二乙事件原告らの被告伊藤萬に対する請求について

一  本訴請求の適否

原告ら主張の請求原因によれば、被告神東観光が被告伊藤萬に対して予約完結権を行使した時に原告らが本件各株式の買主の地位を取得する旨を被告神東観光と被告伊藤萬とが合意したこと(第三者のためにする契約を締結したこと)を前提に、被告神東観光が被告伊藤萬に対して予約完結権を行使することを条件として、右予約完結権行使の時に成立する売買契約に基づき(同契約に基づく利益を享受する意思表示をして)、本件各株式の引渡しを予め請求するというものであることが明らかである。

ところで、いわゆる将来の給付請求が許されるのは、当該請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、かつ、その内容が明確であることが必要と解されているが、右請求原因によれば、被告神東観光の被告伊藤萬に対する予約完結権の行使がされれば原告ら主張の株式引渡請求権の発生が基礎づけられるというべきであるから、当該請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、かつ、その内容が明確であるといわなければならない。そして、請求原因4の事実(被告伊藤萬が売買予約の成立を争っていること)は当事者間に争いがないから、「予メ其ノ請求ヲ為ス必要アル場合」に当たるというべきである。

被告伊藤萬は、被告神東観光が予約完結権を行使する可能性は全くないし、また、被告神東観光及び被告伊藤萬は爾後においても予約の内容を自由に変更したり、解約したりすることができるのであるから、株式引渡請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、かつ、その内容が明確であるとはいえない旨主張する。しかし、爾後に契約内容が変更されたり、解約されたりすることがありうることは、一般の条件付権利に基づく将来の給付請求の場合でも同様であり、このような場合には債務者側(本件では被告伊藤萬)に当該事由を主張させて請求意義の訴えを提起させる負担を負わせても格別不当であるとは考えられないし、予約完結権を行使する可能性が全くないとの点についても、本案の抗弁で判断すべき事柄というべきである。したがって、被告伊藤萬の右主張はいずれも採用することができない。

二  本訴請求の当否

1  請求原因1(本件各株式売買予約)について判断する。

被告伊藤萬と被告神東観光が昭和五九年八月六日に「被告伊藤萬所有の株式につき被告伊藤萬が被告神東観光に売却の要請を行った場合又は被告神東観光が被告伊藤萬に買取の申出を行った場合は、その申出のあった時より一か月以内に額面金額にて被告伊藤萬は原告に売却することとし、又は被告神東観光は原告に買取を実行させる。被告伊藤萬は原告以外の第三者に実質的な売却は行わない。」という内容の「覚書」と題する書面(甲第一号証の原本)を取り交わしたことは、前記第一の一1で認定したとおりである。しかし、右覚書の内容からすれば、被告伊藤萬が被告神東観光に売却の要請を行った場合は被告神東観光は原告に買取を実行させる義務を被告伊藤萬に対して負担し、また、被告神東観光が被告伊藤萬に買取の申出を行った場合は被告伊藤萬は原告に売却すべき義務を被告神東観光に対して負担することを合意したものと理解するのが素直であり、右覚書をもって原告らに直接被告伊藤萬に対する請求権を取得させる趣旨の合意と解するのは相当でない。もし、原告らに直接被告伊藤萬に対する請求権を取得させる趣旨の合意であるとすると、被告伊藤萬と被告神東観光とは、第三者(原告ら)のためにする契約を締結したということになるが、第三者に売買の目的物を取得させるだけでなく、その対価である代金債務をも負担させることが有効として認められるのか問題があるのみならず、仮に認められるとしても極めて希有なことというべきであるから、そのような趣旨の合意であることが明記されてしかるべきであるところ、右覚書にそれが明記されているとは認められない。そのほか、本件全証拠を検討しても、請求原因1の本件各株式売買予約の成立を確認することができない。

2  そうすると、乙事件原告らの被告伊藤萬に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

第三結論

以上のとおりであるから、甲事件原告ら及び乙事件原告らの請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平手勇治 裁判官 髙世三郎 日下部克通)

〈以下省略〉

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